『温故知新』 奇岩・巨石を見に行くことは少ないが、知らずに出合った時は感動ものである。
奇岩・巨石・洞窟
山登りは目指す山頂に到達するのが主な目的であるが、登り、下りで感動的な景色、滝、奇岩、巨石、洞窟に出会うことがある。 滝と鍾乳洞は別途ページを作ってまとめ
ているので、ここに奇岩、巨石、洞窟をまとめてみた。
奇岩、巨石、洞窟 その6
奇岩、巨石は当然始めて見る時が一番感動して、何度も見ると飽きて来るものである。 ここでは出来るだけ初めて見た時の写真を掲載している。
その7に進む。
奇岩・巨石・洞窟
きがん・きょせき・どうくつ
〔その6〕
友ヶ島の ”虎が原の行場”。
連絡船から見た ”虎島”の行場。 45°の斜面の岩場で行者の修行が行われる様だ。
錆びたピンが沢山残っており、ロープを張って修行したのが想像出来る。
行場の斜面に立つと絶壁に見えた。
こんな小さな写真しか見付からなかったが、行場の様子はなんとか判る。
ネット検索では小さな写真しか見付からなかったので、登るのにロープが張られているのかどうかが判らなかった。
五葉山の ”奇岩、巨石”。
登山道の横に転がっていた ”畳岩”。
畳には見えずに ”マッコウクジラ”に見えた。
”五葉山”の山頂より更に奥にあった ”日の出岩”
裏側から ”日の出岩”のテッペンに登ることが出来た。
”日の出岩”の裏側は巨石群となっており、
上部まで登ることが出来た。
巨石群の上からの展望はガスで何も見なかった。
岩木山の ”大倉石”。
”鳳鳴ヒュッテ”の上側にある ”大倉石”。
岩の割れ目には小さな祠が祀ってあった。
早池峰山の ”御金蔵”。
”早池峰山”自体が奇岩、巨石で出来ている山であるが、
奇岩に名前が付けられているのは ”御金蔵”だけだろう。
大きさとしては ”大雪山”の ”金庫石”には敵わないが、
立派なキューブ状の岩であった。
倉橋火山の ”巨石”。
”倉橋火山”には奇岩が点在しているが、一番目立っていたのは山頂の巨石。
個人的には梯子を使わずにボルダリングで登るのが面白いと思う。
奥医王山の ”鳶岩”。
一際目立つ ”鳶岩”へは、上部のテラスまで登る
ことが出来たが、写真を撮ってくれる人が居なかった。
天狗城山の ”奇岩、巨石”。
国道31号線、呉ポートピア辺りを走っていると巨石を積み上げた様な”天狗城山”が
見えた。 標高293mの低山であるが、登山道があるのなら登ってみたいと思った。
登山口は住宅街にあり、立派な登山道が伸びていた。
下から見えていた ”カエル岩”に登ってみるが、どこが ”カエル岩”
か判らなかった。 瀬戸内海を挟み ”江田島”が見えていた。
”屏風岩”と名付けられている ”立石”。
眼下には天応町の市街が見えていた。
”パイン岩”と名付けられていた奇岩は地層的に
ギザギザの岩は飛び出していた。
巨石が多くある中、この ”立石”には名前が付いていない様だった。
野呂山の ”大重岩”。
城壁として人工的に積み上げられた様な ”大重岩”。
覗き窓が開いているのが良い感じであった。
散策道は整備されており、地元の名勝地となっていた。
散策道にも奇岩、巨石が点在していた。
単独であった ”大重岩”の下はスカスカの状態であった。
”大重岩”の背の高い部分を見ると、小さなお宮が設置されていた。
他にも ”野呂山”、”膳棚山”には ”かぶと岩”、”大滑岩”等の
奇岩、巨石が点在している。
白滝山、黒滝山の ”造岩、奇岩、巨石”。
滝があるものと期待したが、滝は無く ”龍泉寺”の境内に
気持ちの悪い仏像が置かれた大岩があった。
大きく ”摩崖仏”が彫られた岩壁。
こんな物は奇岩でも巨岩でも無い。
”龍泉寺”の上方にある ”展望岩”も宗教色が強かった。
”摩崖仏”が彫られた岩壁の上が ”展望岩”の巨石となっていた。
”展望岩”からは瀬戸内の島々が展望出来た。
”展望岩”から眼下に少し見えた ”龍泉寺”の境内。
”黒滝山”向かう登山道途中にあった小さな”背負い岩”。
”展望岩”の側面に生えていた盆栽風の
”アカマツ”。 よくぞ育っているものだ。
”黒滝山”の山頂は巨石で構成されていた。
巨石越えではしゃぐ若いカップル。
”黒滝山”の山頂周辺は様々な巨石が点在していた。
恵庭岳の ”巨石、奇岩”。
”恵庭岳”は ”第2見晴台”から先は通行止めとなっていたが、山頂まで
登山道が伸びていた。 その山頂までの途中で見られた名無しの岩峰。
後ろには ”オコタンペ湖”が見えていた。
”恵庭岳”の山頂部は崩壊が続いており、入山禁止は頷けた。 標高のデーターを
持っていないが、”恵庭岳”の最高峰はこのキノコ岩のテッペンではないだろうか?
ロープの設置が無く、キノコ岩のテッペンに登る手段が無かった。
八剣山の ”奇岩”。
”八剣山”にあった奇岩は真に ”ステゴザウルス”
の背びれ? そのものであった。
3枚のフィン(背びれ?)が巧く画角に収まらなかったが、実物を見た時は
驚きであり、この奇岩に名称が付けられて居なかったのが不思議であった。
ネットから探して来た写真は撮影位置が違うので4枚のフィンが写っていた。